周辺情報
川之江城

昭和61年に天守閣、涼櫓、櫓門、空塀などが整備された川之江城。瀬戸内の島々の眺望が素晴らしく、桜の名所として多くの観光客が訪れています。 別名、仏殿城と呼ばれる川之江城は、南北朝時代に伊予の太守河野氏が讃岐を支配する細川氏の侵略に備え、部将の土肥義昌に命じて築かせました。以降、讃岐、阿波、土佐に国境であったことから隣国との抗争の的となり、そのたび多くの将兵の血を流した城です。城跡は本丸付近の石垣に僅かに名残りを留めるに過ぎませんでしたが、旧川之江市制施行30周年記念事業として城の再建がなされました。 文:四国中央市観光協会HP 写真:入選②「黄昏時」(20140104)
真鍋家住宅

平家伝説が残る切山に、ひっそりと佇む真鍋家住宅。 愛媛県最古の民家とされ、全国的にも古いうえに、建築学上の評価も高く、昭和45年に国指定重要文化財に指定されました。 柱を塗り込めた重厚な土壁や間取りなど古風残す家屋の中も見学することができます。 また、近くには「要害の森(ようがいのもり)」という散策道があり、真鍋家住宅とほぼ同じの樹齢400~500年の「表桜(おもざくら)」という立派な桜を見ることができます。 平家落人伝説が残る切山地区。安徳帝の守護に当たった五士の一人、平清房(平清盛8男)を始祖とする家系と伝えられ、真鍋家住宅は桃山時代後期に建築された寄棟造りの木造茅葺住宅です。 文:四国中央市観光協会HP 写真:切山落人伝説「真鍋家住宅」(20120129)
三角寺(さんかくじ)

四国88ケ所霊場第65番札所で愛媛県最後の札所。本尊の十一面観世音像は愛媛県の指定文化財であり、子安観音、厄除観音としても信仰されています。 寺伝によれば天平年間(730~749年)に聖武天皇の勒願により行基が開基したとされています。空海(弘法大師)が来訪した際、本尊である十一面観世音と不動明王を刻み、三角形の護摩壇を築き21日間降伏の秘法を施したとされています。三角寺の寺号はこの護摩壇に由来しています。境内には三角の池が残り、そのときの名残とされています。嵯峨天皇が本尊を深く信仰し、寺領300町歩を下賜し、堂塔を建造したとされ、往時は12坊を持ち、七堂伽藍を備えていたといわれています。天正9年(1581)の長宗我部元親軍の兵火で焼失し、現在の建物は嘉永2年(1849)に再建されたものです。 文:四国中央市観光協会HP 写真:季節賞(秋) 晩秋(202310)
塩塚高原

愛媛県と徳島県の県境に位置する塩塚高原(標高1043m)は、大自然を満喫でき、100ヘクタールの高原では、夏はアウトドア、秋は紅葉とススキ広がる景色で観光客を楽しませています。 またすぐ近くに、総合キャンプ施設「霧の高原」があります。 文:四国中央市観光協会HP 写真:グランプリ「ススキ輝く塩塚高原」(20180201)
すすきケ原入野公園

約210本の桜が咲き誇る公園では、春まつり期間中の夜間 21時までライトアップされた夜桜を楽しむことができます。 文:四国中央市観光協会HP 写真:準グランプリ(春夏)「水面の花びら」(20220102)
みなと祭り 花火大会

四国中央市みなと祭は、総勢800人が踊る「おどり大会」や伊予三島駅前通り商店街での「いよみしまナイトバザール」など、多彩な内容で行われます。 また、最終日には 7,000発以上もの花火が打ち上げられ、夏の夜空を彩ります。 ★みなと祭は、『愛媛のまつり50選』にも選ばれています。 文:四国中央市観光協会HP 写真:入選 工都に映える大輪(202313)
翠波高原(すいはこうげん)

標高892mの翠波峰を中心とした約100haの高原は、美しい翠が波のようにたなびき、遠く石鎚の尾根へと連なります。 春には黄金色の菜の花、夏から初秋には可憐な早咲きコスモスの花で覆い尽されます。また、翠波峰からの360度の眺望は、瀬戸内海の島々と四国山地の両方を見ることができるほか、 4月中旬から5月中旬にはワシントン桜の園のソメイヨシノや山桜、八重桜も楽しめる人気のスポットです。◆花園情報 (第1園と第2園で菜の花・コスモスともに約30万本) 第1園 約2ヘクタール 第2園 約1ヘクタール 第3園 約1ヘクタール(法皇ライオンズクラブの事業で全面にミツマタが6000本植樹されています) 文:四国中央市観光協会HP 写真:季節賞(春) 高原に春の訪れ(202307)